2008年6月25日の日記 高校説明会
娘の中学校の高校説明会だった。
今朝夫に話したら、
「ずいぶん古臭いことをやってるな~」と言われたけど、
これに関しちゃ古臭くてもいいと思った。
この間の土曜日に塾の「父母勉強会」とかいうのにうっかり参加して、
すっげームカついて、途中で退席して帰ってきたばかりなので、
高校説明会なんかは塾にやらせておけばいい、というのではなく、
学校でやることは別に悪いことじゃないんじゃないか、古臭いかもしれないけど。
と言った。
で、娘は
地元名門女子高
地元新進共学校(夫の母校)
県内随一の大規模総合高校(第一志望)
の3つの高校の説明を聞くというので、
わたしもそれに参加した。
ちなみに上の順番は偏差値の高い順。
第一志望が一番偏差値が低く、第二志望の共学校の方が偏差値は高い。
だめだめじゃんね(笑)
女子高には、「女ばかりなんて絶対イヤ」という理由で行く気はないらしい。
というかむしろ内申点も偏差値も足りないから行けないんだけど。
でも塾の先生は「狙えばいいのに」と言ってくるらしい。
そりゃガチガチ鍛えればね。。。
でも先生・・・狙うことは誰でもできるけどさ~たまたまうまくもぐりこんだって、その後どうするんだい?
と聞きたい。
塾は合格させちゃえば終わりだろうけど、人生はまだまだその先が長い。
今年の春、夫の勤務校の卒業生が、レベルの高い高校でついていけないと悩んで自殺するという事件があった。
長い人生なんだから、きっと生きていれば全体的にはそんなに悲観することのない人生を送ることができたろうにと思う。
でも中学校でトップだった子が、ハイレベルの中で思いつめてしまったのだろうな。
そんなこともあって、偏差値の高い高校に合格すればオッケーとはどうしても思えないのだ。
娘の第一志望の総合高校には、芸術コースがあるのだ。
それで、娘としてはそっちを志望しているわけ。
ただ、女子高に合格できる学力をつけてその総合高校に行けよ、とは言ってる。
高校の先には大学も就職もあるしね。
まぁ。つけられるかどうかはわからないけど。
そんなこんなで3つの高校の説明を聞いた。
女子高は、
「高校で終わりでなく大学や職業に就くことを見据えて、その人生のために必要だと思えば来てほしい」
というようなことを言ってた。
学習指導についても言ってたけど、まず言ったのはそのこと。
新進共学校は、大学現役合格が云々。
総合高校は、
「いろんな高校を見て、中学校の授業を大切にして、受験も早く楽になろうと思うのでなく最後まで勉強し続けるつもりでやって、それで入学してきてほしい」
と言っていた。
名門女子高と総合高校に好感をもった。
でも行くのは娘なので、わたしの感想は黙っておく。
さて、説明に来ていた女子高のH教頭は、わたしの高校2年の時の担任だった。
年度当初の教育局人事新聞発表で、H先生が地元女子高の教頭になったのは数年前に知っていた。
でももう異動してるんだろうな~と思っていたので、
「地元女子高教頭のHです」と聞いた時には、ちょっとびっくりした。
わたしは私立高校出身なのだが、H教頭は在職中に県立高校の教員採用試験を受け直し、
わたし達が卒業するのと同時に県立高校へ転職?したのだったらしい(わたしは忘れていたが本人が言っていた。わたしはその頃自分の受験でそれどころじゃなかった)。
うちはきっと女子高には行けないだろうけど、一応大人だからと思って挨拶した。
わたしは変わった苗字だったのと、それはもう憎ったらしい悪いガキだったので、
H教頭はわたしのことを覚えていた。
「これでもずいぶん人間丸くなったんですよ~」と言ったら笑われた。
「うちは女子高には行けないだろうと思うけど・・・」と言ったら
「遊びに(見学に)来ればいいよ~」と言って名刺をくれた。
でも先生、きっとうちの娘はあなたの高校には入れません(笑)
「先生もお変わりなく」と言ったら、
「いや~(頭を指して)この辺が」と言っていた。
あの頃は25歳くらいだったからね。
女子高の若い男性教諭で、そこそこ可愛い顔してたから人気あったんだ。
結婚するというので泣いてた子もいたっけ。
そんなH先生も今じゃちょっと薄めの御髪でございましたよ。
でも、そりゃああの頃と同じじゃ貫禄ないからね。名門女子高の教頭先生なんだから。
それでいいんだよ。
わたしはH先生をそんなに尊敬していたわけじゃなかったけど、
「努力の伴わない夢は夢じゃない。努力をして初めて夢は夢になるんだ。」
というようなことをH先生が熱く語ったことがあって、
それは、あの頃のふて腐れたたちの悪い女子高生だったわたしの中にも、すごく残っていた。
それでもふて腐れてはいたけれども。
それで、自分が教員をやるにあたって、
「すごく尊敬されるような教員になるんでなくても、子どもの中に何か一つでも残せたら、それは教員として十分なことなんじゃないか」
って思いながらやってきた。
H先生はわたしの中に一つだけとても大事なものを残してくれた。
だからH先生は、わたしにとっては特別だった。
そのH先生と25年ぶりくらいにお会いできて嬉しかった。
25年経って、ニッコリ笑ってちゃんと挨拶して、お会いできて嬉しいと思える
自分の成長も嬉しい。
コメント
みみこちゃんもう高校生になるんだね~しみじみ・・・
ってうちの子も同い年だけど。
数回で終わってしまったけど、みみこちゃんとうちの娘がメール交換していたのは
小学校入ってすぐ?だったのかな。
いったい何年前?
よその子供さんが大きくなると「えー!もうそんなに大きくなったの!」って思う。自分の子供は思わないのに。
23日の日記。シャシャリンと呼ばれても、でしゃばってあげてください!
子供たちのために☆
Posted by 流れ星のちゅん
at 2008年06月25日 18:30
☆ちゅん
メール交換してたね~・・・継続しなかったけど。
中学生の今も、長女は相変わらずメール無精な女のままです。
携帯は年中充電切れで放置してあるし。。。
人生なんてあっという間ね。
勤務校では今日もイロイロありましたよ。。。
担任本人もどうやら悩んでいるらしく、今日は相談されちゃった。
詳細はたぶん今日の日記で(笑)
Posted by piro
at 2008年06月25日 21:09