周りの子を育てる?ということ
↑庭の苺。記事の内容とは全く関係ございません(^^;)
勤めの仕事の方の職場にいろいろご苦労されている先生がいて,
わたしはそのフォローにまわることがある。
先日大学の心理学の先生がいらして,
なにやらアドバイスをしていったらしい。
「周りの子を育てろ」
と。
他にもいろいろ。共感的理解を持って全受け入れせよとか。
そして,担任の先生はかえって悩んでしまった。
最近,中学生の長女の愚痴を聞く中に,
「わたし達のような普通にちゃんとやってる子がやっても褒められないけど,
同じことをやっても○○がやると褒められる。
だんだん他の子達は『どうせ俺たちがやっても褒められないんだから○○がやればいいだろ』
という感じになってきている。」
という話しがある。
また,
「テスト中に△△が教室に入ってきて授業妨害をし,
真面目にテストをやっている子が適当にあしらっていたら,
真面目にやっている子の方が『テスト中にお喋りするな』と怒られた」
という話しもある。
心理学の先生が言うところの「周りの子を育てろ」というのも,
ある部分の手法としてはわからないじゃない。
このMUGCUPに開設当初から来て雑記を読んでくださっている方は覚えているかもしれないけど,
その昔,強者Sを担任した時,他の子達に
「悪いけど,この一年わたしに協力して欲しい。それが最終的には君たちの安全や授業確保にもなるから。」
という話しをしたこともあった。
子どもにとっては理解しづらいことだったかもしれないけど,よく協力してくれた。
そして,そのおかげでSは落ち着いた。
だからといって,自分が全員にとっていい先生だったとは思わないし,
他の子達に強いたある種の犠牲が全くなかったとは思わない。
あの時,今のわたしのようなサブの立場の人間がいてフォローしてくれたら,
他の子達に強いるものは少なくて済んだんじゃないかと思う。
あの頃,別に心理学の先生にご指導を受けたわけではなかったけど,
表現は下手だけど,Sは愛情を欲しがっている,友達にも好きだよって言って欲しがっている,自分のことを理解して欲しがっている,
それがわかったからそうしただけだった。
心理学なんて,そういうデータの積み重ねが体系化して学問になったものなはず。
手法としては役立つけど,あまり「完璧マニュアル」として使うのはどうかと思う。
まして中学生にもなれば,
大人の嘘くさい共感的理解や褒め言葉など見抜くんじゃないか。
もちろん心の底から理解してくれる相手もちゃんと見抜く。多分。
わたしは口が悪い。というかマンツーマンの指導のときには男言葉を使う♪
「まぁ気持ちはわからないじゃないよ。でもお前本当は自分が悪いってわかってるんだろう?だったら素直にごめんなさいって先生に言え。」
とか言う。
「そうだね,わかるよその気持ち。辛かったちゅね~」
なんて甘ったるい言い方はできそうもない。
(「うちの王子・姫を呼び捨てにするなんて許せないわ!」というママさん達には嫌われるだろう)
でも,不思議と子どもは素直に
「うん。」
って言う。
子どもは,時に
怒って欲しいんだよ
という欲求も持っているものじゃないのかな。
真剣に怒るっていうのは労力のいることだ。それをやってくれる大人の存在を求めているというか。
それとも荒れる子どもは,甘ったるい共感的理解だけを欲しがっているのか?
お前の気持ちはわかるよ。でもダメなものはダメだ。
ということを言って欲しいときもあるんじゃないか?
そう言ったとき,子ども自身は「違う」って言うかもしれないけどな。
要するにかまって欲しいんだよな。
荒れる同じ子どもが時に甘ったれて抱きついてきたり,おっぱい触ってきたり,指しゃぶりをしたりしていれば,
表面的な言葉だけじゃなく,その言葉の裏側にあるものが何なのかに
自分も昔子どもだった立場なら気付いてもいいんじゃないか。
たとえ心理学なんて学んでなくても。
周りの子を育てる
というか,
周りの子に協力を求める
のはその後だと思う。
誰も(例え荒れる子どもであっても)腫れ物を触るように扱われることは
決して望んでいないと思うのだけどな。